【その五】 母がくれた、「作ってみたら」の一言。

母がくれた、「作ってみたら」の一言。

私は母子家庭で育ちました。

決して裕福ではありませんでしたが、母はいつも笑っていました。

ある年の誕生日。

「たまには親孝行させて。」

そう言って、母を温泉旅行へ誘いました。

帰り道に立ち寄ったのが、焼き物で有名な町でした。

古い煙突。

大きな登り窯。

静かな路地に並ぶ器。

私はその景色に、


しばらく立ち尽くしてしまいました。

一つひとつ手で作られた器を眺めながら、

「やっぱりいい器は高いね。」

そうつぶやくと、

母は笑いながら言いました。

「Bちゃん、そんなに好きなら、自分で作ればいいやない。」

「昔から、工作だけは誰にも負けへんかったやろ。」

「あんたは、お母さんの自慢の子なんやから。」

その言葉が、なぜか心に残りました。

それから私は陶芸教室へ通い始めました。

土をこね、ろくろを回し、失敗を繰り返しながら、

少しずつ、自分だけの器を作るようになりました。

母はいつも完成した作品を眺めては、

「また上手になったね。」

と嬉しそうに笑ってくれました。

やがて母も亡くなり、墓じまいを迎える日が来ました。

その後の供養を考えていた時、粉骨という方法を知りました。

母を、これからも身近に感じられる。

そう思えたのです。

今、私には一つ夢があります。

いつか、自分の手で大きな花器を作ること。

その土の中に、ほんの少しだけ母を迎え、

庭に咲く季節の花を飾りたい。

きっと母は、

「あんた、ほんま器用になったね。」

そう笑ってくれる気がします。

母にもらった一言は、

今も私の手の中で、生き続けています。

ご家族の供養物語を読んでみる方は

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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