私は粉骨を生業としています。
工房を構え、一柱、一柱のお骨と向き合いながら、粉骨のお手伝いをさせていただいております。
ある日のことでした。
取引先の葬儀社から一本の電話が入りました。
「お客様が、どうしても直接お会いしてお願いしたいとおっしゃっているんです。」
少し困ったような担当者の声でした。
十年以上この仕事をしていますが、ご依頼者様と直接お会いすることはありません。
骨壺が届き、中を確認し、静かに読経をし、粉骨する。
それがいつもの仕事でした。
正直、少し戸惑いました。
それでも担当者の口調に押されるように、お引き受けすることにしました。
その日は、前夜の冷え込みが嘘のように、朝から柔らかな日差しが差していました。
工房のインターフォンが鳴りました。
玄関へ向かうと、一人のご婦人が立っておられました。
八十歳はとうに越えておられるのでしょう。
日傘を杖代わりにしながら、ゆっくりとこちらへ歩いて来られます。
真っ白なブラウス。
淡いジャカード織りのスカート。
年齢を重ねた品のある装いでした。
私は工房へご案内しました。
椅子へ腰掛けられる時、
「すみませんね。脚が悪くて。」
そう微笑まれました。
その瞬間でした。
ふわりと、
つつじの花の香りがしたような気がしました。
香水ではありません。
どこか懐かしい、
春の終わりを思わせる香りでした。
私は、
「お茶でもお入れしましょうか。」
と声を掛けました。
するとご婦人は、
「いいんです。お願いだけしたら帰りますから。」
そう言って、小さな木箱を机へ置かれました。
両手にすっぽり収まるほどの箱でした。
大切そうに、
ゆっくりと私の方へ向きを整えます。
「兄なんです。」
そうおっしゃいました。
「年がずいぶん離れていましたけど、本当に優しい兄でした。」
目尻に光るものがありました。
「送ってもよかったんですけどね。」
「こんなに小さいものでしょう。」
「途中で何かあったらと思うと、気が気じゃなくて。」
私は静かにうなずきました。
そして自然と言葉が出ました。
「お骨の量は関係ありません。」
「丁寧に粉骨させていただきます。」
「そして、必ずお届けいたします。」
ご婦人は深く頭を下げられました。
「ありがとうございます。」
「私ももう歳ですから。」
「済ませておきたかったんです。」
少し間を置いて、
小さな声で続けられました。
「戦争で亡くなったんですよ。」
「本当に、本当に優しい兄でした。」
私は工房の外までお見送りしました。
ゆっくり、
てくてくと歩いて行かれる後ろ姿。
そして、
かすかに残る、
つつじの香り。
私は工房へ戻りました。
静かに木箱を開けます。
その瞬間、
私は動けなくなりました。
確かに白い。
けれど違う。
何度見ても、
それはお骨ではありませんでした。
白く風化した、
小さな木片でした。
私はしばらく、
その木片を見つめていました。
「戦争で亡くなった。」
その言葉だけが胸の中で繰り返されます。
私は考えました。
けれど答えは出ません。
その木片が何だったのか。
どこから来たのか。
私は知るすべはありません。
ただ一つだけ分かることがありました。
さきほどのご婦人にとっては、
間違いなく、
お兄様だったということです。
私は読経をし、
静かにすり鉢へ木片を入れました。
できる限り丁寧に、
心を込めて粉にしました。
そして、
お返ししました。
季節は巡り、
翌年の春。
桜も終わり、
朝の空気に少し初夏の気配が混じり始めた頃でした。
インターフォンが鳴りました。
その瞬間でした。
ふわりと、
つつじの花の香りがしたような気がしました。
私は去年の出来事を思い出しました。
宅配便でした。
急いで荷物を受け取ります。
中には、
一つの骨壺と、
一通の手紙。
娘様からのお手紙でした。

母が生前、
「兄と同じ方にお願いしたい。」
そう申しておりました。
兄と同じように粉骨していただき、
兄が眠る、
故郷を見下ろす丘の樹木葬へ納める予定です。
本来なら直接ご挨拶に伺うべきところですが、
かなわず申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。
私は静かに手紙を閉じました。
あの時、
小箱を大切そうに抱えていたご婦人の姿が浮かびます。
私は骨壺へそっと手を添えました。
「お兄様の隣へ。」
「必ず、お届けいたします。」
そう小さくつぶやき、
私は静かに読経を始めました。

