父が最後に残した、一冊の文庫本。
「わしも、これにしよう思てる。」
そう言って父は、一冊の文庫本を私へ放りました。
読書好きとは思えない父が読んだのでしょう。
表紙には何度も開いた跡があり、
ページの角は折られ、
手に馴染んだような柔らかさがありました。
何のことか分からず、
私はぱらぱらとページをめくっていました。
その間に父は食器棚へ向かい、
今度は通帳と、小さなリーフレットを持って戻ってきました。
「これも頼んどいた。」
「手はずはついてる。」
「あとは、よろしく頼むわ。」
そう言って、自分の部屋へ戻っていきました。
リーフレットには、
墓じまいと海洋散骨の案内。
名刺には、
担当の方の名前。
そして父の字で、
小さなメモが添えられていました。
その出来事から間もなく、
私は父が重い病気であることを知りました。
父は男手ひとつで魚屋を営みながら、
私を育ててくれました。
でも私は、
思春期になると魚屋の息子というだけでからかわれ、
「魚くさい。」
そんな言葉を浴びせられ、
父に反発するようになっていました。
同じ家に暮らしていても、
ろくに口をきかない年月が続きました。
私も大人になり、
そろそろ親孝行でもしようか。
そう思い始めた矢先のことでした。
父は、
最後にこう言いました。
「小さい頃、
魚屋、魚屋って言われてたな。」
「あれ……
ほんま悪かったな。」
私は何も言えませんでした。
謝るのは私の方だったからです。
父が亡くなったあと、
私は、あの日渡された文庫本を読みました。
折り目の付いたページを開くと、
そこだけ少し紙が黒ずんでいました。
何度も、
何度も、
父が読み返したのでしょう。
そこには、
残される人への思いや、
人生の終わりにできる最後の優しさについて書かれていました。

父はきっと、
私に読ませたかったのではありません。
自分自身が、
そうありたいと思っていたのだと思います。
私は父が残したメモどおり、
墓じまいをお願いし、
海洋散骨を選びました。
父が最後まで信じた方法を、
そのまま受け継ぐことにしました。
そして今でも、
あの文庫本は私の本棚にあります。
時々手に取ると、
ページの折り目に父の指先が重なるような気がします。
あの日、
父は私に本を渡したのではありませんでした。
これから先も生きていくための、父の背中を渡してくれたのだと思います。
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