【その十四】ちょっと行ってくるけん。

ちょっと行ってくるけん。

私が粉骨を選んだのは、偶然ではありません。

そのような供養の方法があると初めて知った時、

「それだ。」

そう思いました。

私には、どうしても叶えたい願いがあったからです。

私は母子家庭で育ちました。

母は昔から胃腸が弱く、

何度も入退院を繰り返していました。

だから私は、

結婚するとき、一つだけ条件を伝えました。

「母と一緒に暮らしたい。」

主人は何も迷うことなく、

「もちろん。」

と言ってくれました。

主人が貯めていたお金と、

私の貯金を合わせ、

小さな二世帯住宅を建てました。

やがて子どもが生まれ、

母は毎日うれしそうに孫の世話をしていました。

まるで昔から夢見ていたような、

優しいおばあちゃんでした。

そんな母は、

ことあるごとに言うのです。

「ありがとうね。」

「本当にありがとう。」

私はそのたびに笑っていました。

「そんな他人行儀なこと言わんでよかよ。」

「母さんらしくなかけん。」

それが、いつもの親子の会話でした。

この暮らしが、

少しでも長く続けばいい。

そう願っていました。

でも、

母の病気は再び姿を現しました。

入院の日。

孫の頭をなでながら、

母は笑って言いました。

「ちょっと行ってくるけん。」

「すぐ帰ってくるけんね。」

私は先生に呼ばれました。

「今回は……

長くはないと思います。」

そう告げられました。

それでも私は、

母には何も言えませんでした。

数日後、

母は気づいたのでしょう。

「家に帰りたか。」

そう言って聞きませんでした。

先生も困りながら、

「分かりました。」

と言ってくださり、

自宅へ戻る準備を始めてくださいました。

でも、

家へ帰るはずだった、その前の日。

母は静かに旅立ちました。

私は今でも思います。

あの日、

母を家へ連れて帰れなかったことだけが、

心残りです。

だからこそ、

粉骨という方法を知った時、

私は迷いませんでした。

ようやく母を、

家へ連れて帰れる。

そう思えたのです。

今、

母は小さなガラス瓶の中で、

食卓のそばにいます。

朝の「おはよう。」

夕食の「いただきます。」

孫の笑い声。

主人との何気ない会話。

そのすべてを、

母はあの日と同じ場所で見守っています。

時々、孫が瓶に向かって話しかけています。

「ばあば、今日ね。」

その声を聞くたびに思うのです。

あの日、

母は家へ帰れなかったのではありません。

少し遠回りをして、帰ってきてくれたんだ。

今日も母は、

私たちと一緒に団らんしているのだと。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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