あの子が好きだった公園で。
離婚してからというもの、私は一人で息子を育ててきました。
親の私が言うのもなんですが、本当に気の優しい子でした。
学校へ行く朝。
「いってらっしゃい。」
そう言って家の前で見送ると、
角を曲がる手前で、必ず振り返るのです。
私がまだそこに立っているかを確かめるように。
私も手を振り返します。
その姿が見えなくなるまで。
そんなことが、毎日の小さな幸せでした。
外で遊ぶことが大好きで、
泥だらけになって帰ってきては、
「お腹すいた。」
そう笑う顔が、今でも昨日のことのように思い出されます。
ここから先のことは、あまり詳しくはお話ししません。
ただ、
そんな息子も、私より先に旅立ってしまいました。
今でも仏壇には、一日三度手を合わせます。
あの子が好きだったものを、ほんの少しだけお供えして。
お墓参りにも欠かさず通っています。
それが、今の私の日常です。
でも最近、少しだけ思うようになりました。
私も年を重ね、
昔ほど元気ではなくなりました。
そして、私がいなくなったあと、
あの子のお墓が、誰にも手を合わせてもらえなくなることだけは避けたい。
そんな思いが、日に日に大きくなっていったのです。
その頃、樹木葬という供養を知りました。
私はすぐに決めたわけではありません。
まずは粉骨だけをお願いしました。
今は、あの子は私のそばにいます。
そして、私の役目が終わるその日には、
二人一緒に、丘のある公園の樹木葬で眠ろうと決めています。
子どもたちの笑い声が聞こえ、
風が木々を揺らし、
春には花が咲く。
そんなにぎやかな公園なら、
きっと、あの子も寂しくないでしょう。
角を曲がるたび、
振り返って私を探していたあの子へ。

今度は私が、
あなたのいる場所へ歩いていきます。
きっとまた、
「お母さん。」
そう呼んでくれるような気がしています。
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