【その二十五】赤ちょうちん

年金が振り込まれる日。

二か月に一度だけの贅沢があります。

駅前の赤ちょうちんです。

昼間から酒を飲む人で賑わうその店は、場外馬券場から少し離れた路地裏にありました。

初めて暖簾をくぐった日は、少し緊張したものです。

赤星の大瓶。

煮込み。

これがまた、うまい。

いつしか顔なじみもできました。

仕事も住む場所も違う五人ほどの仲間です。

その中に一人、

とびきり口の悪い男がいました。

店へ入るなり、

「おい、お姉ちゃん。」

「今日は昨日よりかわいくなったな。」

看板娘へ大きな声を掛けます。

店中が笑います。

「また始まった。」

「ほんと懲りねえな。」

本人は頭をかきながら、

「いつものまずい煮込みとビール。」

そう言って酒をあおります。

煮込みには辛子を山ほど付ける。

酔えばすぐ喧嘩。

口が悪くて、

女好きで、

どうしようもない。

そんな男でした。


ある日。

暖簾をくぐると、

店の空気がどこか違いました。

誰も笑っていません。

あの男もいません。

リーダーが酒を口へ運び、

ぽつりと言いました。

「逝っちまった。」

「ほんと、しょうがねぇ奴だった。」

肝臓が悪い。

医者へ行け。

酒を減らせ。

誰が何を言っても聞かなかったそうです。

私は黙ってビールを飲みました。

しばらくして、

リーダーが言いました。

「身内を探した。」

「娘さんだけ見つかった。」

私は少し驚きました。

娘さんがいたことすら、

誰も知りませんでした。

「でもな。」

「私には父なんていません。」

そう言われたそうです。

リーダーは、

それ以上何も言いませんでした。

結局、

仲間で送り出すことになりました。

私も、

「年金暮らしだから、すまんね。」

そう言って三千円だけ包みました。

粉骨をして、

故郷の海へ散骨するそうです。


それからしばらく経ったある日。

私はいつものように暖簾をくぐりました。

店はいつも通り賑やかでした。

ビールが運ばれてきます。

笑い声も聞こえます。

看板娘がビールを置きながら、

小さく笑いました。

「〇〇さん、いないとちょっと静かでしょ。」

私は黙ってビールを一口飲みました。


帰り際。

暖簾をくぐろうとした時です。

看板娘が、

いつものように言いました。

「ありがとうございました。」

私は振り返りました。

そして、

少し照れくさくなるくらい、

あの男の口調をまねして言いました。

「姉ちゃん。」

「いつもあんがとね。」

看板娘は一瞬きょとんとしたあと、

ふっと笑いました。

「こちらこそ。」

その笑顔を見た時、

私はようやく、

あの男のことを少しだけ分かったような気がしました。


墓じまいコンシェルジュより

人は、立派だったから供養されるのではありません。

完璧な人生だったからでもありません。

不器用で、失敗も多く、どうしようもないところがあったとしても、その人を思い出し、「あの人らしかったね」と笑える人がいる。

その人が生きた時間を、誰かが心の中で受け継いでいく。

それもまた、供養の一つの形なのだと、私たちは考えています。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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