「金物屋の○○さん、今日もシャッター閉まったままやな。」
組長さんがそうつぶやくたび、
私は四軒先の店先を見てしまいます。
主人に先立たれてから、
私は小さな煙草屋を続けています。
昔は魚屋も、履物屋も、文房具屋も並び、
子どもたちの声が絶えない商店街でした。
今では残っている店も数えるほどです。
その中でも金物屋さんは、
誰よりも商店街を愛している人でした。
しかし、息子さんは何度も言っていたそうです。
「店はもう閉めよう。」
「向こうで一緒に暮らそう。」
隣町のニュータウンに家を建て、
部屋も用意してある。
それでも金物屋さんは笑って断りました。
「わしはここが好きなんや。」
「ここで人生を閉じる。」
それが口癖でした。
その息子さんが、
交通事故で先に旅立ちました。
それからでした。
店のシャッターが開かなくなったのは。
朝早く、
店先を掃いている姿だけは見かけます。
でも、
店を開けることはありませんでした。
ある日、
組長さんから声が掛かりました。
若く移ってきた人たちが、
商店街で新しい地蔵盆をやりたいと言っている。
その相談でした。
古くからの店主が集まります。
「昔のままでええ。」
「変えんでもええ。」
反対の声が続きました。
私は、
「若い人が来てくれるだけでもありがたいですよ。」
そう言いました。
でも、
話はまとまりません。
その時でした。
ずっと黙っていた金物屋さんが、
ゆっくり立ち上がりました。
店の中が静まり返ります。
金物屋さんは、
みんなを見渡し、
ぽつりと言いました。
「若いもんの言うことも、
聞かなあかん時がある。」
少し間を置いて、
静かに続けました。
「今が、その時や。」
それだけ言うと、
何事もなかったように帰っていきました。
私は帰り道、
組長さんに聞きました。
「あんなこと言う人やった?」
組長さんは苦笑いをしました。
「あの人な。」
「息子さんから何度も一緒に住もうって言われとった。」
少し黙ってから、
小さく続けました。
「今になって、
自分が変われへんかったこと、
悔いてるんやろな。」
私は何も言えませんでした。
それから三年。
商店街には、
少しずつ若い方がやる店が増えました。
子どもたちも戻ってきました。
地蔵盆の日には、
昔のように笑い声が響くようになりました。
金物屋さんは、
その三回目の地蔵盆を楽しみにしていました。
でも、
その春、
静かに旅立たれました。
遺書には、
ただ一つだけ、
こう書かれていました。

私は商店街の銀杏の木の下に還してください。
粉骨され、
商店街の真ん中に立つ、
あの銀杏の木へ還られました。
今年も地蔵盆が始まりました。
紙芝居。
夜店。
走り回る子どもたち。
銀杏の葉が、
風に揺れています。
私はその木を見上げました。
あの日、
会議で立ち上がった金物屋さんの姿が、
ふと浮かびます。
「○○さん。」
「商店街、
ええ感じになってきましたよ。」
風が吹き、
銀杏の葉が一枚、
子どもたちの輪の中へ、
静かに舞い降りました。

