【その七】 東京湾に向かって、なんまいだ。

東京湾に向かって、なんまいだ。

私は長男です。

長男だから。

それだけで、お墓を守るものだと思って育ちました。

家を継ぎ、墓を継ぐ。

それが当たり前の時代でした。

疑問に思ったことなど、一度もありません。

息子も一人います。

大学進学を機に東京へ出て、そのまま就職しました。

仕事にも恵まれ、今ではすっかり東京の暮らしが板についています。

「帰ってこんでもええ。」

そう言いながらも、心のどこかでは、

「墓はどうするんやろう。」

そんなことばかり考えるようになりました。

墓には父と母が眠っています。

母は晩年、よく言っていました。

「○○ちゃんにばっかり迷惑かけて悪いねぇ。」

その言葉を聞くたびに、

「そんなこと気にせんでええ。」

そう返していました。

でも、本当は私も少し悩んでいました。

妹が一人います。

昔から自由な性格で、若い頃は海外を旅して回り、そのまま外国の人と結婚しました。

今も海外で暮らしています。

両親は、そんな妹をいつも心配していました。

その妹も最近では、

「近いうちに、お墓参りには行きたいな。」

そう言うようになりました。

「じゃあ、その時に墓じまいの話もしようか。」

そんなことを考えていた頃でした。

粉骨という方法を知りました。

さらに、その先に海洋散骨という選択肢があることも。

その瞬間、不思議なくらい心が軽くなりました。

お墓を守ることだけが、親を大切にすることではない。

家族が、それぞれの場所で思いを寄せられること。

それも一つの供養なんだ。

そう思えたのです。

妹にもつながる海。

息子が暮らす東京にもつながる海。

私たちは、太平洋へ送り出すことを決めました。

そして今度、息子に電話をしたら言ってやろうと思っています。

「たまには東京湾に向かって、なんまいだぁって拝んどけ。」

きっと息子は笑いながら、

「なんやねん、それ。」

と言うでしょう。

でも、それでいいんです。

親を思い出す時間が、ほんの少しでもあれば。

父も母も、きっと笑ってくれていると思います。

ご家族の供養物語を読んでみる方は

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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