東京湾に向かって、なんまいだ。
私は長男です。
長男だから。
それだけで、お墓を守るものだと思って育ちました。
家を継ぎ、墓を継ぐ。
それが当たり前の時代でした。
疑問に思ったことなど、一度もありません。
息子も一人います。
大学進学を機に東京へ出て、そのまま就職しました。
仕事にも恵まれ、今ではすっかり東京の暮らしが板についています。
「帰ってこんでもええ。」
そう言いながらも、心のどこかでは、
「墓はどうするんやろう。」
そんなことばかり考えるようになりました。
墓には父と母が眠っています。
母は晩年、よく言っていました。
「○○ちゃんにばっかり迷惑かけて悪いねぇ。」
その言葉を聞くたびに、
「そんなこと気にせんでええ。」
そう返していました。
でも、本当は私も少し悩んでいました。
妹が一人います。
昔から自由な性格で、若い頃は海外を旅して回り、そのまま外国の人と結婚しました。
今も海外で暮らしています。
両親は、そんな妹をいつも心配していました。
その妹も最近では、
「近いうちに、お墓参りには行きたいな。」
そう言うようになりました。
「じゃあ、その時に墓じまいの話もしようか。」
そんなことを考えていた頃でした。
粉骨という方法を知りました。
さらに、その先に海洋散骨という選択肢があることも。
その瞬間、不思議なくらい心が軽くなりました。
お墓を守ることだけが、親を大切にすることではない。
家族が、それぞれの場所で思いを寄せられること。
それも一つの供養なんだ。
そう思えたのです。
妹にもつながる海。
息子が暮らす東京にもつながる海。
私たちは、太平洋へ送り出すことを決めました。
そして今度、息子に電話をしたら言ってやろうと思っています。
「たまには東京湾に向かって、なんまいだぁって拝んどけ。」
きっと息子は笑いながら、
「なんやねん、それ。」
と言うでしょう。
でも、それでいいんです。

親を思い出す時間が、ほんの少しでもあれば。
父も母も、きっと笑ってくれていると思います。
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