【その十九】母さんは、どこへでも来てくれました。

実は、お恥ずかしい話ですが、

母が亡くなったあと、

相続のことで少しもめてしまいました。

私は長男です。

姉が一人います。

父は先に亡くなり、

その後、母も旅立ちました。

私は建設会社で技術職をしていたため、

全国を転勤して回る暮らしでした。

一方、姉は結婚後に離婚し、

子どもを連れて実家へ戻り、

母と暮らしていました。

だから私は、

どこか気楽な立場だったのかもしれません。

今になって思えば、

親孝行らしいことは、

何ひとつできませんでした。

でも、一つだけ。

母は私の転勤先へ、

必ず一度は遊びに来てくれました。

転勤して落ち着いた頃になると、

決まって電話が鳴ります。

「どうせ散らかっとるやろ。」

「様子見に行くからね。」

足が悪かった母です。

私はいつも言いました。

「母さん、そんな無理して来んでもええのに。」

すると母は笑いながら、

「私の趣味みたいなもんやから。」

そう言うのでした。

初めて歩く町。

知らない商店街。

スーパーをのぞいては、

「やっぱり海が近いから魚が安いねぇ。」

そんなことを言って、

子どものようにはしゃいでいました。

あの頃は、

当たり前だと思っていた時間が、

今では何よりの宝物です。

母が亡くなり、

四十九日を終えた頃でした。

姉が言いました。

「長男なんやから、お墓はあんたが守る立場やろ。」

実家は、

姉の子どもたちも暮らす家だから、

動かせないというのです。

預金のことを尋ねると、

「葬儀で、ほとんど使った。」

そんな返事でした。

父が残した株や預金も、

母は生前、自分たちの暮らしのために使っていました。

私は、それを責める気にはなれませんでした。

母らしいな。

そう思っただけでした。

ただ一つだけ、

お墓のことは、

姉と二人で話し合いました。

お互いが無理をしない形で、

半分ずつ費用を出し合い、

墓じまいをすることに決めました。

父も母も、

粉骨していただきました。

今は、

二人とも私のそばにいます。

仕事の都合で、

私は今も各地を転々としています。

でも不思議なものです。

転勤先で新しいスーパーを見つけると、

思わず入ってしまうのです。

鮮魚売り場を見ながら、

心の中でつぶやきます。

「母さん、

ここも魚、安いで。」

すると、

あの懐かしい声が聞こえてくるような気がします。

「ほんまやねぇ。」

「ええ町やね。」

母は生前、

どこへでも会いに来てくれました。

だから、

私がどこへ行っても、

母がいつもそばにいてくれてるように感じるのです。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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