朝から、父は落ち着きませんでした。
上着を羽織ると、
玄関に置いてあった鍵を取りました。
母が台所から顔を出します。
「行くの?」
「ちょっと見てくる。」
「立ち会わなくてもいいって言われたんでしょ。」
「分かってるよ。」
「お父さんが見てたって、何も変わらないよ。」
娘まで言います。
「だから、ちょっと見てくるだけだって。」
靴を履いて、
「昼には帰る。」
と言って出ていきました。
玄関の扉が閉まります。
娘が母を見ました。
「ほんと、お父さん心配性だね。」
母は笑いました。
「昔からよ。」
墓地に着くと、
もう作業は始まっていました。
「おはようございます。」
石材店の人が気づきます。
「来られたんですね。」
「いや、ちょっと気になって。」
「大丈夫ですよ。予定通り進んでますから。」
「ええ。分かってます。」
父は少し離れたところに立ちました。
墓石に道具が掛けられ、
作業する人たちの声が飛び交っています。
いつも墓参りに来たときとは、
ずいぶん違う景色でした。
ふと、
墓石の角に目が止まりました。
少し欠けたところがあります。
「あ……。」
まだ残っていたんだ。
ずっと昔。
父がまだ小さかったころです。
墓で眠るおじいさんが、父親だったころ、
墓参りでそこを見つけました。
「ありゃりゃ……。」
顔を近づけます。
「なんでこうなった……。」
反対からものぞき込みます。
「えっ、どういうことだ。」
本当に悔しそうでした。
少年だった父は、
墓の脇の草むらを見ていました。
「あ。」
しゃがんで、
小さな石を拾いました。
「父ちゃん、これ。」
父親が受け取ります。
欠けたところへ当ててみると、
形が合いました。
「ああ……これだ。」
父親は、子供ながらに、
しばらくその欠片を見ていました。
「すみません。」
の声でハッと気づき、
父は顔を上げます。
「こちら、吊り上げますので、少し離れてください。」
「あ、はい。」
父は後ろへ下がりました。
一番大きな墓石に、
吊り具が掛けられていきます。
作業員が声を掛け合います。
ゆっくり、
墓石が浮きました。
父は黙って見ています。
少しずつ、
自分のいた場所から離れていきます。
無事に運び出されたところで、
父は小さく息を吐きました。
「……ふう。」
「お父さーん。」
聞き慣れた声がしました。
振り返ると、
母と娘が歩いてきます。
母の手には、
小さな弁当の袋。
父は少し驚きました。
「なんだ、来たのか。」
「お昼になっても帰ってこないから。」
娘が笑います。
「心配性を心配して来ました。」
「余計なお世話だ。」
母が娘を見ます。
「あんただって気になるって言ってたじゃない。」
「お母さんが先に言ったんでしょ。」
「どっちでもいいよ。」
父はそう言いながら、
弁当の袋を受け取りました。
墓地の端に、
三人で腰を下ろしました。
母が持ってきたのは、
おにぎりと卵焼き。
それに少しだけ、
昨日のおかず。
「こんなんでよかった?」
「十分だよ。」
娘が、
卵焼きを一つ取りました。
「あ。」
何かに気づいて、
向こうを見ています。
「桜、咲いてる。」
母も見ました。
「あら、本当。」

少し離れたところにある桜が、
ぽつぽつと花をつけています。
父も見ました。
「早いな。」
「ちょっとしたお花見だね。」
娘が言います。
「まだ全然咲いてないだろ。」
「咲いてるじゃん。」
「三分もないぞ。」
「細かいなあ。」
母が笑いました。
「心配性だから。」
「それ関係ないだろ。」
三人で、
弁当を食べました。
少し向こうでは、
まだ作業が続いています。
父は時々、
そちらを見ました。
娘が気づきます。
「これでもう安心した?」
「何が?」
「お墓。」
父は、
おにぎりを一口食べました。
「別に、心配してたわけじゃない。」
娘が、
「はいはい。」
母も、
「はいはい。」
父は二人を見ました。
「ほんとだって。」
早咲きの桜が、
風に揺れていました。

