【その四十】心配性

朝から、父は落ち着きませんでした。

上着を羽織ると、
玄関に置いてあった鍵を取りました。

母が台所から顔を出します。

「行くの?」

「ちょっと見てくる。」

「立ち会わなくてもいいって言われたんでしょ。」

「分かってるよ。」

「お父さんが見てたって、何も変わらないよ。」

娘まで言います。

「だから、ちょっと見てくるだけだって。」

靴を履いて、

「昼には帰る。」

と言って出ていきました。

玄関の扉が閉まります。

娘が母を見ました。

「ほんと、お父さん心配性だね。」

母は笑いました。

「昔からよ。」

墓地に着くと、

もう作業は始まっていました。

「おはようございます。」

石材店の人が気づきます。

「来られたんですね。」

「いや、ちょっと気になって。」

「大丈夫ですよ。予定通り進んでますから。」

「ええ。分かってます。」

父は少し離れたところに立ちました。

墓石に道具が掛けられ、

作業する人たちの声が飛び交っています。

いつも墓参りに来たときとは、

ずいぶん違う景色でした。

ふと、

墓石の角に目が止まりました。

少し欠けたところがあります。

「あ……。」

まだ残っていたんだ。

ずっと昔。

父がまだ小さかったころです。

墓で眠るおじいさんが、父親だったころ、

墓参りでそこを見つけました。

「ありゃりゃ……。」

顔を近づけます。

「なんでこうなった……。」

反対からものぞき込みます。

「えっ、どういうことだ。」

本当に悔しそうでした。

少年だった父は、

墓の脇の草むらを見ていました。

「あ。」

しゃがんで、

小さな石を拾いました。

「父ちゃん、これ。」

父親が受け取ります。

欠けたところへ当ててみると、

形が合いました。

「ああ……これだ。」

父親は、子供ながらに、

しばらくその欠片を見ていました。


「すみません。」

の声でハッと気づき、

父は顔を上げます。

「こちら、吊り上げますので、少し離れてください。」

「あ、はい。」

父は後ろへ下がりました。

一番大きな墓石に、

吊り具が掛けられていきます。

作業員が声を掛け合います。

ゆっくり、

墓石が浮きました。

父は黙って見ています。

少しずつ、

自分のいた場所から離れていきます。

無事に運び出されたところで、

父は小さく息を吐きました。

「……ふう。」

「お父さーん。」

聞き慣れた声がしました。

振り返ると、

母と娘が歩いてきます。

母の手には、

小さな弁当の袋。

父は少し驚きました。

「なんだ、来たのか。」

「お昼になっても帰ってこないから。」

娘が笑います。

「心配性を心配して来ました。」

「余計なお世話だ。」

母が娘を見ます。

「あんただって気になるって言ってたじゃない。」

「お母さんが先に言ったんでしょ。」

「どっちでもいいよ。」

父はそう言いながら、

弁当の袋を受け取りました。

墓地の端に、

三人で腰を下ろしました。

母が持ってきたのは、

おにぎりと卵焼き。

それに少しだけ、

昨日のおかず。

「こんなんでよかった?」

「十分だよ。」

娘が、

卵焼きを一つ取りました。

「あ。」

何かに気づいて、

向こうを見ています。

「桜、咲いてる。」

母も見ました。

「あら、本当。」

少し離れたところにある桜が、

ぽつぽつと花をつけています。

父も見ました。

「早いな。」

「ちょっとしたお花見だね。」

娘が言います。

「まだ全然咲いてないだろ。」

「咲いてるじゃん。」

「三分もないぞ。」

「細かいなあ。」

母が笑いました。

「心配性だから。」

「それ関係ないだろ。」

三人で、

弁当を食べました。

少し向こうでは、

まだ作業が続いています。

父は時々、

そちらを見ました。

娘が気づきます。

「これでもう安心した?」

「何が?」

「お墓。」

父は、

おにぎりを一口食べました。

「別に、心配してたわけじゃない。」

娘が、

「はいはい。」

母も、

「はいはい。」

父は二人を見ました。

「ほんとだって。」

早咲きの桜が、

風に揺れていました。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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