銀座へ来た頃の私は、お金さえあれば人生は変えられると思っていました。
貧乏家庭で育った私にとって、留学は夢でした。
何かで、身を立てたい。留学はその一歩。
そのためには売り上げること。
お客様は、夢をかなえるためのお金。
そう割り切っていました。
二年前。
一人の社長が店へやってきました。
ケチで、偉そう。
人には厳しい。
夢を話せば、
「考えがまとまっとらん。」
それで終わり。
もう二度と来ない。
そう思いました。
ところが忘れた頃にまた現れる。
来ては私の話を聞き、
最後は決まって、
ひと言だけ切り捨てる。
本当に嫌なお客様でした。
ある夜、
私はとうとう言ってしまいました。
「社長みたいな人生には絶対にしたくありません。」
社長は何も言い返しませんでした。
勘定だけ済ませ、
静かに帰っていきました。
それが最後でした。
季節が変わった頃、
店へ一人の弁護士が訪ねてきました。
「○○社長がお亡くなりになりました。」
「2年前から病気を患っておられました。」
そう言うと、
一つの封筒を机へ置きます。
中には、
オーストラリア行きの航空券。
片道。
私は思わず笑いました。
「最後までケチ。」
往復ですらない。
現金でもない。
あまりにもあの社長らしくて、
笑ってしまいました。
弁護士は事務的に言います。
「処分されても構いません。」
「金券ショップへ持って行かれても。」
「あなたとおなじようなことを伝える方は、他にもいらっしゃいますので」
それが社長の指示でした。
書類をしまいながら、
「変わった社長でした。」
「遺言より、口で頼まれることの方が多かった。」
そして、
帰り際、
思い出したように続けました。
「最後にこんなことまで言っていましたよ。」
『人の想いなんてもんは、片道切符みたいなもんや。』
『届けたら、それで終わりや。』
『けどな。』
『受け取った中から、今度は、想いを届ける側に回る奴が出てくる。』
『人に何かを届けたいと思うのも、人生も、事業を起こすのも、みな一緒。』
『まあ、人間そんなもんや。』
「私には理解できない。よく分かりませんでした。」
弁護士はそう言って帰っていきました。
数か月後。
私は、
その片道切符を握りしめ、
留学へ向かう飛行機に乗っていました。
窓の外には、
雲の向こうにかすかに見える富士山。
その麓には、
深い森が広がっています。
社長は、
「どこへ撒いてもええ。」
そう言い残したそうです。
けれど弁護士は、
社長が長年支援を続けていた街の樹木葬を選んだようでした。
窓から見下ろす景色を見ながら、ふと笑いました。

「社長……この辺りなんですかね。」
返事はありません。
でも、
私はもう、
それで十分でした。
片道切符を握る手に、
少しだけ力を込めます。
飛行機は雲を抜け、
新しい空へ向かっていきました。
墓じまいコンシェルジュより
人は、想いを届けたからといって、
その想いが届いたかどうかを知ることはできません。
親が子へ。
友が友へ。
誰かが誰かへ。
その想いは、
まるで片道切符のように、
一方通行なのかもしれません。
けれど、
その想いを受け取った誰かが、
今度はまた別の誰かへ想いを届ける。
私は、
供養とは、
そうやって静かに受け継がれていくものなのだと思っています。
