【その二十八】片道切符

銀座へ来た頃の私は、お金さえあれば人生は変えられると思っていました。

貧乏家庭で育った私にとって、留学は夢でした。

何かで、身を立てたい。留学はその一歩。

そのためには売り上げること。

お客様は、夢をかなえるためのお金。

そう割り切っていました。


二年前。

一人の社長が店へやってきました。

ケチで、偉そう。

人には厳しい。

夢を話せば、

「考えがまとまっとらん。」

それで終わり。

もう二度と来ない。

そう思いました。


ところが忘れた頃にまた現れる。

来ては私の話を聞き、

最後は決まって、

ひと言だけ切り捨てる。

本当に嫌なお客様でした。


ある夜、

私はとうとう言ってしまいました。

「社長みたいな人生には絶対にしたくありません。」

社長は何も言い返しませんでした。

勘定だけ済ませ、

静かに帰っていきました。

それが最後でした。


季節が変わった頃、

店へ一人の弁護士が訪ねてきました。

「○○社長がお亡くなりになりました。」

「2年前から病気を患っておられました。」

そう言うと、

一つの封筒を机へ置きます。

中には、

オーストラリア行きの航空券。

片道。

私は思わず笑いました。

「最後までケチ。」

往復ですらない。

現金でもない。

あまりにもあの社長らしくて、

笑ってしまいました。


弁護士は事務的に言います。

「処分されても構いません。」

「金券ショップへ持って行かれても。」

「あなたとおなじようなことを伝える方は、他にもいらっしゃいますので」

それが社長の指示でした。

書類をしまいながら、

「変わった社長でした。」

「遺言より、口で頼まれることの方が多かった。」

そして、

帰り際、

思い出したように続けました。

「最後にこんなことまで言っていましたよ。」


『人の想いなんてもんは、片道切符みたいなもんや。』

『届けたら、それで終わりや。』

『けどな。』

『受け取った中から、今度は、想いを届ける側に回る奴が出てくる。』

『人に何かを届けたいと思うのも、人生も、事業を起こすのも、みな一緒。』

『まあ、人間そんなもんや。』


「私には理解できない。よく分かりませんでした。」

弁護士はそう言って帰っていきました。


数か月後。

私は、

その片道切符を握りしめ、

留学へ向かう飛行機に乗っていました。

窓の外には、

雲の向こうにかすかに見える富士山。

その麓には、

深い森が広がっています。

社長は、

「どこへ撒いてもええ。」

そう言い残したそうです。

けれど弁護士は、

社長が長年支援を続けていた街の樹木葬を選んだようでした。


窓から見下ろす景色を見ながら、ふと笑いました。

「社長……この辺りなんですかね。」

返事はありません。

でも、

私はもう、

それで十分でした。

片道切符を握る手に、

少しだけ力を込めます。

飛行機は雲を抜け、

新しい空へ向かっていきました。


墓じまいコンシェルジュより

人は、想いを届けたからといって、

その想いが届いたかどうかを知ることはできません。

親が子へ。

友が友へ。

誰かが誰かへ。

その想いは、

まるで片道切符のように、

一方通行なのかもしれません。

けれど、

その想いを受け取った誰かが、

今度はまた別の誰かへ想いを届ける。

私は、

供養とは、

そうやって静かに受け継がれていくものなのだと思っています。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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