三回忌を前に、久しぶりに実家へ帰りました。
「来たよ。」
「うん。」
母は台所。
父は居間でテレビを見ています。
父と母はほとんど話さない。
私も何を話していいのか分からない。
弟がいなくなってから、
この家はずっとこんな感じです。
そして、仏壇に置かれたままの骨壺。
その日、
台所から懐かしい匂いがしました。
牛肉、焼き豆腐、ねぎ、春菊、しらたき。
すき焼きでした。
弟がいなくなってから、
この家ですき焼きを見るのは初めてです。
弟は、
「好きな食べ物は?」
と聞かれると、
決まって、
「すき焼き。」
と答える子でした。
ほかにも好きなものは、
いくらでもありました。
それでも、
大好物はいつも、
「すき焼き。」
でした。
そして子どもの頃、
すき焼きといえば、父の給料日だけのご馳走でもありました。
給料日の夕方になると、
母が少しだけいい肉を買ってくる。
父が帰ってくるのを待って、
ようやく四人で一つの鍋を囲みます。
父が肉を入れる。
弟がすぐに箸を伸ばす。
「まだ煮えてないよ。」
母に怒られる。
私と弟で肉を取り合う。
父が笑う。
母も笑う。
それが、
わが家の給料日でした。
しかし、父が仕事を失った頃から、
給料日のすき焼きは食卓から消えていきました。
父と母の会話も、
少しずつなくなりました。
二人には、
それぞれ事情があったのでしょう。
でも、
子どもだった私たちには、
そんなことは関係ありませんでした。
大人になった弟は、
困っている人の力になれる仕事を選びました。
「人の役に立てるから。」
就職が決まったとき、
嬉しそうに話していました。
けれど、
長くは続きませんでした。
「思ってたのと、ちょっと違った。」
そう言って、
弟は仕事を辞めました。
それからしばらくして、
弟はいなくなりました。
そのことについては、
今でも、
あまり話したくありません。
三人ですき焼きを囲みました。
母が肉を入れる。
父が黙って取る。
私も箸を伸ばす。
ぐつぐつと、
鍋の音だけが聞こえます。
昔と同じ味でした。
でも違う。
ふと思いました。
どうして、
あの子はいつも、
すき焼きと言っていたんだろう。
私は箸を置きました。
「お母さん。」
母が顔を上げました。
「あの子が、なんですき焼き好きやったか分かる?」
母は黙っています。
父もこちらを見ました。
「給料日、、、」
「お父さんが帰ってきて。」
「お母さんが鍋出して。」
「四人で食べてた時のこと。」
言葉にすると、
依然と涙が出てきました。
「あの子……」
「ただ、すき焼きが好きだったのと、違うと思う。」
そして、
言いました。
「あの頃の家での時間が、好きだったからだと思う。」
「あの子がいなくなってしまって、まだバラバラでどうするの。」
父は何も言いませんでした。
母も何も言いませんでした。
また、
鍋の音だけになりました。

家へ帰って、
主人にその日のことを話しました。
主人はしばらく黙って聞いていました。
「俺は、お墓をずっと守っていくことはできんけど。」
「庭に一本、木を植えようか。」
「ハナミズキなんか、いいんじゃないかな。」
そして、
「それなら、お父さんとお母さんも、いつでも来られるのと違う?」
追伸
ハナミズキを植えて、
しばらく経ったある日。
父と母が、
弟に会いに来てくれました。
玄関を開けると、
父が手土産を持って立っていました。
その隣で、
母が笑っていました。
私は二人を庭へ案内しました。
ハナミズキの前に、
父と母が並びました。
久しぶりに見る、
二人並んだ後ろ姿でした。
墓じまいコンシェルジュより
味には、
その人との時間が残っていることがあります。
何を食べたのかではなく、
誰と食べたのか。
一緒に笑ったこと。
同じ鍋を囲んだこと。
亡くなった人を思い出すことで、
残された人の時間が、
もう一度動き始めることがあります。
それもまた、
供養の一つの形なのだと思います。

