父はここ数年、
持病で入退院を繰り返していました。
退院すると、
父の世話をするのは母です。
「お父さん、今日はどう?」
「どうもこうもないわよ。」
そう言いながら、
母は薬を用意していました。
仲が悪いわけではありません。
でも、
長く続いた父の療養に、
母も少し疲れていました。
ある日、
父に聞きました。
「何か食べたいものある?」
「ナポリタン。」
「ナポリタン?」
「うん。」
「珍しいね 普段、こってりなの食べないのに」
母が台所から言いました。
「また始まった。」
私は笑って、
ナポリタンを買いに行きました。
また別の日なんかは、
今度は、
「マクドナルドが食べたい。」
と言い出します。
「この前ナポリタンだったじゃん。」
「マクドナルドね。こってりなの食べるね」
「はいはい。」
母はこっちを向いて、
呆れた顔をしています。
「ほんと、わがままなんだから。」
それでも、
父はおいしそうに食べました。
それからも、
父の食べたいものは、
進化していきました。
ケチャップたっぷりのオムライス。
時には、
私が知らない店の名前まで出てきました。
そのたびに、
「また?」
と言いながら、
私は父の食べたいものを探しました。
ある日、
父が母に言いました。
「ありがとう。」
母は、
少し不思議そうな顔をしました。
「なに、急に。」
「楽しかった。」
そして、
少し間を置いて、
「自分勝手にしてきて、ごめんな。」
母は、
しばらく父を見ていました。
「ほんとよ。」
それだけでした。
その後、
父は亡くなりました。
母と二人で、
古いアルバムを整理していた時のことです。
若い父と母が、
喫茶店に座っている写真がありました。
テーブルの上には、
ナポリタン。
「あれ……。」
次の写真。
二人の手には、
マクドナルドの袋。
また別の写真には、
洋食屋のオムライス。
ケチャップがたっぷりとかかっています。
私は、
アルバムをめくる手を止めました。
「お母さん。」
「なに?」
「これ……。」
母も、
写真を見ました。
「懐かしい。」
母は、
一枚の写真を手に取りました。
「お父さんね、
昔から天邪鬼だったの。」
「私がこれ食べたいって言うと、
だいたい違うもの言うのよ。」
「それでよく喧嘩した。」
母は、
次の写真を見ました。
「あ、この日も。」
少し笑いました。
「ほんと、
面倒くさい人。」
そのまま、
しばらく写真を見ていました。

父のお墓をどうするか、
母とは何度か話しました。
子どもは私一人です。
これから先のこともあります。
墓じまいをして、
母は父の遺骨を少しだけ、
手元に残すことにしました。
追伸
しばらくして、
母から電話がありました。
「今度、ご飯食べに行こう。」
「いいよ。何食べる?」
「もう決めてある。」
声が、
妙に弾んでいました。
「美味しいウナギ屋さんがあるのよ。」
「予約したからね。」
その日、
母を迎えに行きました。
「早くしないと
予約に遅れるわね。」
ずいぶん張り切っています。
私は笑いながら、
支度を待ちました。
ふと棚を見ると、
父の小さな手元供養の瓶の横に、
花が一輪、添えられていました。

