【その三十六】母ちゃんの煮つけ

配達の仕事をしています。

その日は朝から、

少し忙しい日でした。

大きな荷物を届け終えて、

ビルを出たところで、

「すみません。」

声をかけられました。

振り向くと、

年配の女性が立っていました。

次の配達があります。

少し急いでいます。

「○○へ行きたいんですが、

こっちで合ってますか?」

どことなく訛りのある、

のんびりした話し方でした。

「そこなら、この道をまっすぐ行って、

二つ目を右です。」

「ありがとうございます。」

女性は、

ゆっくり歩いていきました。

車に戻り、

エンジンをかけます。

バックミラーを見ると、

女性は、

教えた道をちゃんと歩いていました。

そのまま、

次の配達へ向かいました。

あと二件。

すべて届け終わったころには、

昼をだいぶ過ぎています。

いつもの定食屋に入りました。

普段見向きもしないメニューを見ます。

「魚の煮つけ。」

店員さんが、

少し驚いた顔をしました。

「おやっ、

珍しいね。魚の煮つけ~」

「うん。」

しばらくして、

煮つけが運ばれてきました。

一口食べます。

「……母ちゃんのは、

もう少し甘かったな。」

でも、

これはこれで、

うまい。

しばらく食べていると、

ふと、

「そういや、

しばらく行ってないな。」

と思いました。

数週間後。

母ちゃんの墓へ向かいました。

電車を乗り継いで、

そこからバス。

バスを降りて、

今度は坂道を歩きます。

途中で一度、

足を止めました。

「こんな坂だったかな。」

また歩きます。

墓地に着きました。

母ちゃんの墓へ向かっていると、

墓と墓の間に、

ぽつぽつと、

空いた場所がありました。

空いた場所は整地されています。

「こんなにあいてたかな。」

そのまま歩きました。

花を供えて、

手を合わせました。

少しして、

「母ちゃん。」

「あの煮つけ、

何入れてた?」

返事はありません。

しばらくそこにいて、

墓をあとにしました。

また坂を下り、

バス停まで戻りました。

ベンチに座ります。

そろそろ来る時間です。

道路を見ます。

バスが来ません。

もう少し待ちます。

うとうとといつの間にか、

眠ってしまっていました。

「……あっ。」

慌てて時計を見ます。

ずいぶん時間が過ぎています。

のぞき込んだ道路の先にも、

バスの姿はありません。

「まさか、

来てないだろうな……。」

確か

夢を見ていた気がしました。

でも、何の夢だったか

思い出せません。

何か思いだす糸口がないかとも思いましたが

検討がつません。

思い出すのはあきらめることにしました。

そしてもう一度、

時計を見ました。

秒針が、かちっかちっと正確なリズムを刻んでいます。

思わず声が出ました。

「ほんと、遠いなあ……。」

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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