鎌倉の波がここにはあります。
私たちは、人生のすべてを、この鎌倉の海からもらったような気がしています。
若い日の夕暮れ。
いい波も潮につぶされる頃、
彼はサーフボードを抱えて海から上がってきました。
私はボディボードを横に置き、
夕日に照らされた彼の大きな背中を眺めていました。
今でも、その輪郭をはっきり覚えています。
彼は、にこっと八重歯を見せながら言いました。
「早いじゃん、もうやめるの?」
私は照れ隠しに、
「今日は私の日じゃないから。」
なんて格好をつけた返事をしてしまいました。
彼は私の横へ腰を下ろし、
二人で日が沈むまで海を眺めていました。
何を話したのかは覚えていません。
でも、
あの夕日の色と、
彼の優しい笑顔だけは忘れたことがありません。
帰る時間になって、
「どうやって帰る?」
と聞き合った私たち。
お互いに相手が、
「もしかしたら車かな。」
なんて少し期待していたのに、
実は二人とも高校生。
電車で来ていたことが分かり、
笑い転げながら駅まで走ったことも、
今では大切な思い出です。
それから私たちは恋をして、
結婚して、
小さなサーフショップを始めました。
民泊も始め、
一男一女にも恵まれました。
子どもたちも、
気がつけば私たちと同じように、
鎌倉の波へ向かうようになっていました。
そんな幸せな毎日が、
ずっと続くものだと思っていました。
でも、
彼は病に倒れ、
あまりにも早く旅立ってしまいました。
最後に彼が残した願いは、
とても彼らしいものでした。
「俺は海へ帰りたい。」
子どもたちも、
何ひとつ迷うことなく、
「お父さんらしいね。」
そう言って笑ってくれました。
私は粉骨をお願いしました。

今はまだ、小さな手元供養として、
彼は私のそばにいます。
そしてこれからも、
子どもたち家族と一緒に、
この鎌倉の海を見守ろうと思っています。
気が向いた日の私は、
やがてボディボードを砂浜へ置いて、
昔と同じ場所へ腰を下ろすのでしょう。
夕日を眺めながら、
隣にいる彼へ、
あの日と同じように話しかけます。
「今日は、私の日だったかな。」
するときっと、
あの八重歯を見せて笑いながら、
「今日は最高の波だよ。」
そう返してくれるような気がしています。
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