あの子は、今日も富士山を見ている。
「粉骨なんだって。」
「お墓じゃないんだって。」
「そうなんだね。」
そんな会話を、お母さんたちがしていました。
先月、息子の一学年上の男の子が亡くなりました。
病気だったそうです。
でも、私の記憶の中のあの子は、
病気という印象などありません。
この辺りは集団登校です。
毎朝、先頭に立って旗を持ち、
みんなを引っ張って歩く姿を何度も見かけました。
元気で、
笑顔の似合う子でした。
お父さんは、
富士山を守る仕事をしていると聞いたことがあります。
休日の午後。
私は息子に聞いてみました。
「あの子、どんな子だった?」
息子は少し考えてから、
静かに言いました。
「優しかったよ。」
私はそれ以上聞くつもりはありませんでした。
でも息子は続けました。
「絵がすごく上手だった。」
「県の賞も何回ももらってる。」
「富士山の絵なんて、
全国のコンクールでも賞を取ったんだよ。」
私は思わず、
「そうなんだ。」
とつぶやきました。
その後、
耳に入ってきた話がありました。
あの子は、
お父さんが大好きだったこと。
いつも、
「僕も将来、お父さんみたいに富士山の仕事をする。」
そう話していたこと。
そして、粉骨したあと、
富士山の麓にある樹木葬へ還ったこと。
その話を聞いた瞬間、
私は息子の言葉と、
その子の人生が、
一本につながった気がしました。

夕方、
スーパーからの帰り道。
いつもの交差点で信号を待っていると、
夕日に照らされた富士山が見えました。
私は思わず立ち止まり、
富士山へ向かって手を合わせました。
「あの子は、
きっと今も、
大好きだった富士山を見ているんだろうな。」
そう思ったのです。
私には、
その子のご家族の悲しみは分かりません。
それでも、
地域で暮らす一人として、
あの子のことを忘れずにいたい。
そう思いました。
夕日に染まる富士山は、
あの日と変わらず、
静かにそこにありました。
そして、その山を見上げるたびに、
私はきっと、
あの優しい男の子を思い出すのでしょう。
私は家へ帰ると、
息子へ聞きました。
「もし、あの子のお父さんに会えたら、
何て声をかける?」
息子は少し考えて、
こう言いました。
「富士山、今日もきれいやったよ。」
私は思わず涙が出ました。
あの子は、
今も誰かの心の中で、
富士山を描き続けているのだと思いました。
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