【その十五】あの子は、今日も富士山を見ている。

あの子は、今日も富士山を見ている。

「粉骨なんだって。」

「お墓じゃないんだって。」

「そうなんだね。」

そんな会話を、お母さんたちがしていました。

先月、息子の一学年上の男の子が亡くなりました。

病気だったそうです。

でも、私の記憶の中のあの子は、

病気という印象などありません。

この辺りは集団登校です。

毎朝、先頭に立って旗を持ち、

みんなを引っ張って歩く姿を何度も見かけました。

元気で、

笑顔の似合う子でした。

お父さんは、

富士山を守る仕事をしていると聞いたことがあります。

休日の午後。

私は息子に聞いてみました。

「あの子、どんな子だった?」

息子は少し考えてから、

静かに言いました。

「優しかったよ。」

私はそれ以上聞くつもりはありませんでした。

でも息子は続けました。

「絵がすごく上手だった。」

「県の賞も何回ももらってる。」

「富士山の絵なんて、

全国のコンクールでも賞を取ったんだよ。」

私は思わず、

「そうなんだ。」

とつぶやきました。

その後、

耳に入ってきた話がありました。

あの子は、

お父さんが大好きだったこと。

いつも、

「僕も将来、お父さんみたいに富士山の仕事をする。」

そう話していたこと。

そして、粉骨したあと、

富士山の麓にある樹木葬へ還ったこと。

その話を聞いた瞬間、

私は息子の言葉と、

その子の人生が、

一本につながった気がしました。

夕方、

スーパーからの帰り道。

いつもの交差点で信号を待っていると、

夕日に照らされた富士山が見えました。

私は思わず立ち止まり、

富士山へ向かって手を合わせました。

「あの子は、

きっと今も、

大好きだった富士山を見ているんだろうな。」

そう思ったのです。

私には、

その子のご家族の悲しみは分かりません。

それでも、

地域で暮らす一人として、

あの子のことを忘れずにいたい。

そう思いました。

夕日に染まる富士山は、

あの日と変わらず、

静かにそこにありました。

そして、その山を見上げるたびに、

私はきっと、

あの優しい男の子を思い出すのでしょう。

私は家へ帰ると、

息子へ聞きました。

「もし、あの子のお父さんに会えたら、

何て声をかける?」

息子は少し考えて、

こう言いました。

「富士山、今日もきれいやったよ。」

私は思わず涙が出ました。

あの子は、

今も誰かの心の中で、

富士山を描き続けているのだと思いました。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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