【その十六】母さんが一番残したかったもの。

母さんが一番残したかったもの。

ある日、父から電話がありました。

「今度の日曜日、兄弟三人そろって帰ってこい。」

お正月でもないのに。

何かあったのだろうか。

そう思いながら実家へ向かいました。

兄は難しい顔をしています。

弟も、どこか落ち着きません。

母が亡くなって三回忌を終えたばかりでした。

きっと、その話だろう。

そんな空気が流れていました。

私たち三兄弟は、

子どもの頃は地元でも有名なやんちゃ坊主でした。

毎日のように怒られ、

毎日のように泥だらけ。

ところが受験の頃になると、

三人とも急に勉強を始め、

近所では

「どうした三兄弟。」

なんて笑われたものです。

母はその話を思い出すたび、

お腹を抱えて笑っていました。

私たちはそれぞれ就職し、

結婚し、

別々の町で暮らすようになりました。

母はいつも言っていました。

「ほんまにあんたらは、

足並みだけは、いつまでたっても揃わんなあ。」

それでも電話をすると、

決まってこう言うのです。

「帰ってこんでもええ。」

「子どもにお金も時間もかかるやろ。」

「お父さんみたいに苦労せんよう、

しっかりやり。」

そう言って、

いつも先に電話を切るのでした。

父は一人親方の大工でした。

腕は確かで、

神社やお寺の仕事も多く、

長年家族を支えてくれました。

でも腰痛には勝てず、

五年前に仕事を終えました。

食事が終わると、

父は静かに口を開きました。

「今日は大事な話がある。」

兄弟そろって身構えます。

「わしに何かあった時の話や。」

「土地も株も全部現金にする。」

「三人で仲良く三等分や。」

兄が思わず言いました。

「父さん、体でも悪いんか。」

父は首を振ります。

「身体は大丈夫や。」

「母さんの三回忌も終わった。」

「これは母さんと決めたことや。」

そして続けました。

「墓じまいも済ませる。」

「母さんも、わしも粉骨して、

丘の樹木葬へ行く。」

部屋が静かになりました。

次は弟がゆっくり口を開きます。

「母さんがそう言うなら……。」

すると長男が

「でも俺は、墓があっても……。」

すると父は笑いながら、

兄の言葉をさえぎりました。

「お前な。」

「犬飼いたい言うて、

飼うたはええけど、

世話しとったん、

ずっと母さんやったやないか。」

兄は照れ笑いしながら、

「そんな昔の話、今せんでもええやろ。」

と言い返します。

その瞬間でした。

三人とも声を出して笑いました。

父も笑っていました。

気づけば、

母がいた頃と同じ笑い声が、

居間いっぱいに広がっていました。

私はその時、

母が本当に残したかったものが分かった気がしました。

土地でもありません。

お墓でもありません。

遺産でもありません。

**兄弟三人が、

また笑い合える時間。**

それが、

母から私たちへの一番大きな遺産だったのです。

だから私は、

父の決めた墓じまいにも、

粉骨にも、

何の迷いもありませんでした。

丘の上の樹木葬へ行くたび、

きっと母は言うのでしょう。

「やっと三人そろったね。」

そして父は、

少し照れながら笑っているはずです。

ご家族の供養物語を読んでみる方は

___________________________________

この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

文章・構成・イラストの無断転載、複製、生成AIへの再利用、改変、再配布はご遠慮ください。