年金が振り込まれる日。
二か月に一度だけの贅沢があります。
駅前の赤ちょうちんです。
昼間から酒を飲む人で賑わうその店は、場外馬券場から少し離れた路地裏にありました。
初めて暖簾をくぐった日は、少し緊張したものです。
赤星の大瓶。
煮込み。
これがまた、うまい。
いつしか顔なじみもできました。
仕事も住む場所も違う五人ほどの仲間です。
その中に一人、
とびきり口の悪い男がいました。
店へ入るなり、
「おい、お姉ちゃん。」
「今日は昨日よりかわいくなったな。」
看板娘へ大きな声を掛けます。
店中が笑います。
「また始まった。」
「ほんと懲りねえな。」
本人は頭をかきながら、
「いつものまずい煮込みとビール。」
そう言って酒をあおります。
煮込みには辛子を山ほど付ける。
酔えばすぐ喧嘩。
口が悪くて、
女好きで、
どうしようもない。
そんな男でした。
ある日。
暖簾をくぐると、
店の空気がどこか違いました。
誰も笑っていません。
あの男もいません。
リーダーが酒を口へ運び、
ぽつりと言いました。
「逝っちまった。」
「ほんと、しょうがねぇ奴だった。」
肝臓が悪い。
医者へ行け。
酒を減らせ。
誰が何を言っても聞かなかったそうです。
私は黙ってビールを飲みました。
しばらくして、
リーダーが言いました。
「身内を探した。」
「娘さんだけ見つかった。」
私は少し驚きました。
娘さんがいたことすら、
誰も知りませんでした。
「でもな。」
「私には父なんていません。」
そう言われたそうです。
リーダーは、
それ以上何も言いませんでした。
結局、
仲間で送り出すことになりました。
私も、
「年金暮らしだから、すまんね。」
そう言って三千円だけ包みました。
粉骨をして、
故郷の海へ散骨するそうです。
それからしばらく経ったある日。
私はいつものように暖簾をくぐりました。
店はいつも通り賑やかでした。
ビールが運ばれてきます。
笑い声も聞こえます。
看板娘がビールを置きながら、
小さく笑いました。
「〇〇さん、いないとちょっと静かでしょ。」
私は黙ってビールを一口飲みました。

帰り際。
暖簾をくぐろうとした時です。
看板娘が、
いつものように言いました。
「ありがとうございました。」
私は振り返りました。
そして、
少し照れくさくなるくらい、
あの男の口調をまねして言いました。
「姉ちゃん。」
「いつもあんがとね。」
看板娘は一瞬きょとんとしたあと、
ふっと笑いました。
「こちらこそ。」
その笑顔を見た時、
私はようやく、
あの男のことを少しだけ分かったような気がしました。
墓じまいコンシェルジュより
人は、立派だったから供養されるのではありません。
完璧な人生だったからでもありません。
不器用で、失敗も多く、どうしようもないところがあったとしても、その人を思い出し、「あの人らしかったね」と笑える人がいる。
その人が生きた時間を、誰かが心の中で受け継いでいく。
それもまた、供養の一つの形なのだと、私たちは考えています。

