【その二十六】銀杏の木

「金物屋の○○さん、今日もシャッター閉まったままやな。」

組長さんがそうつぶやくたび、

私は四軒先の店先を見てしまいます。

主人に先立たれてから、

私は小さな煙草屋を続けています。

昔は魚屋も、履物屋も、文房具屋も並び、

子どもたちの声が絶えない商店街でした。

今では残っている店も数えるほどです。

その中でも金物屋さんは、

誰よりも商店街を愛している人でした。


しかし、息子さんは何度も言っていたそうです。

「店はもう閉めよう。」

「向こうで一緒に暮らそう。」

隣町のニュータウンに家を建て、

部屋も用意してある。

それでも金物屋さんは笑って断りました。

「わしはここが好きなんや。」

「ここで人生を閉じる。」

それが口癖でした。


その息子さんが、

交通事故で先に旅立ちました。

それからでした。

店のシャッターが開かなくなったのは。

朝早く、

店先を掃いている姿だけは見かけます。

でも、

店を開けることはありませんでした。


ある日、

組長さんから声が掛かりました。

若く移ってきた人たちが、

商店街で新しい地蔵盆をやりたいと言っている。

その相談でした。

古くからの店主が集まります。

「昔のままでええ。」

「変えんでもええ。」

反対の声が続きました。

私は、

「若い人が来てくれるだけでもありがたいですよ。」

そう言いました。

でも、

話はまとまりません。

その時でした。

ずっと黙っていた金物屋さんが、

ゆっくり立ち上がりました。

店の中が静まり返ります。

金物屋さんは、

みんなを見渡し、

ぽつりと言いました。

「若いもんの言うことも、

聞かなあかん時がある。」

少し間を置いて、

静かに続けました。

「今が、その時や。」

それだけ言うと、

何事もなかったように帰っていきました。


私は帰り道、

組長さんに聞きました。

「あんなこと言う人やった?」

組長さんは苦笑いをしました。

「あの人な。」

「息子さんから何度も一緒に住もうって言われとった。」

少し黙ってから、

小さく続けました。

「今になって、

自分が変われへんかったこと、

悔いてるんやろな。」

私は何も言えませんでした。


それから三年。

商店街には、

少しずつ若い方がやる店が増えました。

子どもたちも戻ってきました。

地蔵盆の日には、

昔のように笑い声が響くようになりました。

金物屋さんは、

その三回目の地蔵盆を楽しみにしていました。

でも、

その春、

静かに旅立たれました。

遺書には、

ただ一つだけ、

こう書かれていました。

私は商店街の銀杏の木の下に還してください。

粉骨され、

商店街の真ん中に立つ、

あの銀杏の木へ還られました。


今年も地蔵盆が始まりました。

紙芝居。

夜店。

走り回る子どもたち。

銀杏の葉が、

風に揺れています。

私はその木を見上げました。

あの日、

会議で立ち上がった金物屋さんの姿が、

ふと浮かびます。

「○○さん。」

「商店街、

ええ感じになってきましたよ。」

風が吹き、

銀杏の葉が一枚、

子どもたちの輪の中へ、

静かに舞い降りました。


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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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