三十年ぶりの高校の同窓会でした。
結婚し、
子どもを育て、
離婚を経験し、
いつしか高校時代の友人とは、ほとんど連絡を取らなくなっていました。
だからでしょうか。
会場へ入った私は、
今思い返しても笑ってしまうくらい緊張していました。
顔には見覚えがある。
でも名前が思い出せない。
自分から声を掛けることもできず、
ただ会場を見回していました。
そんな時でした。
「○○っち!」
放送委員を一緒にしていた友人が声を掛けてくれました。
「全然変わらんね。」
「ほんと?」
気付けば、
高校時代と同じ話し方に戻っていました。
女子が集まり、
そこへ男子も加わり、
あっという間に高校生へ戻ったような時間が流れていきます。
でも、
私はその間も、
一人の人を探していました。
一次会も終わり、
二次会の話が出始めた頃でした。
「○○っち。」
「○○君、おらんかったね。」
私は黙ってうなずきました。
友人は少しだけ言葉を選びながら話しました。
「おととし、交通事故で亡くなったんよ。」
その先の話は、
あまり覚えていません。
結婚していたこと。
小さな娘さんがいたこと。
お墓は持たず、
粉骨して、
神奈川の海へ散骨されたこと。
私はただ、
身体が動きませんでした。
二次会は断りました。
家へ帰ると、
初心者マークを付けた息子に言いました。
「今から海へ行かない?」
息子は困った顔をしました。
「こんな時間に?」
私は車の鍵を見せながら笑いました。
「お願い。」
高校一年。
何となく雰囲気だけで入ったヨット部。
ヨットといっても、
小さなディンギーでした。
風を読む。
波を読む。
少し気を抜けば、
すぐに沈します。
思っていたより、
ずっときつい部活でした。
ペアが必要な競技でしたが、
辞める人も多く、
いつも一緒に乗ってくれたのが○○君でした。
彼は、
四二〇級に憧れていました。
もっと速く。
もっと風を受けて。
もっとせめる。
そんな話を、
目を輝かせながらしていました。
私は何も分かりませんでした。
ただ、
彼が楽しそうだから、
一緒に笑っていました。
風をかきわけ水際ギリギリに
背中を倒し、波間をせめる
何度も、一瞬で沈しました。
その度ひっくり返ってしまった船体を起こす。
びしょ濡れになりました。
でも、
不思議と嫌だと思ったことは一度もありませんでした。
三年生。
卒業が近づいた頃でした。
私は進学。
○○君は就職。
「競技は続ける。」
そう言って笑っていました。
別れ際、
○○君は少し照れながら言いました。
「○○っち。」
「俺と沈しても、
文句ひとつ言わんかったな。」
「ありがとう。」
私は笑って手を振るだけでした。

凪の、夜の海です。
砂浜を歩きながら、
息子が笑いました。
「母さん。」
「意外とロマンチックやね。」
私は笑い返し、
海を見つめました。
波の音だけが聞こえます。
心の中で、
三十年越しの言葉を伝えました。
「○○君。」
「ありがとうって、
言いたかったのは、
私の方だったよ。」
風が吹きました。
風をいっぱいに受け、
船の外へ身体を預けながら、
はにかむように笑っていた、
あの横顔。
私は、
海の向こうに、
今もその姿を見たような気がしました。
墓じまいコンシェルジュより
人は、大切な人を失った時だけでなく、人生の途中で置いてきた時間に、ふと出会い直すことがあります。
あの時は言えなかった「ありがとう」。
伝えられなかった想い。
粉骨や散骨は、別れのためだけではありません。
その人と過ごした時間を、もう一度心の中で抱きしめるきっかけにもなります。
思い出は増えなくても、新しい理解は増えていく。
それもまた、供養の一つの形なのだと、私たちは考えています。

