【その二十七】沈(ちん)

三十年ぶりの高校の同窓会でした。

結婚し、

子どもを育て、

離婚を経験し、

いつしか高校時代の友人とは、ほとんど連絡を取らなくなっていました。

だからでしょうか。

会場へ入った私は、

今思い返しても笑ってしまうくらい緊張していました。

顔には見覚えがある。

でも名前が思い出せない。

自分から声を掛けることもできず、

ただ会場を見回していました。

そんな時でした。

「○○っち!」

放送委員を一緒にしていた友人が声を掛けてくれました。

「全然変わらんね。」

「ほんと?」

気付けば、

高校時代と同じ話し方に戻っていました。

女子が集まり、

そこへ男子も加わり、

あっという間に高校生へ戻ったような時間が流れていきます。

でも、

私はその間も、

一人の人を探していました。


一次会も終わり、

二次会の話が出始めた頃でした。

「○○っち。」

「○○君、おらんかったね。」

私は黙ってうなずきました。

友人は少しだけ言葉を選びながら話しました。

「おととし、交通事故で亡くなったんよ。」

その先の話は、

あまり覚えていません。

結婚していたこと。

小さな娘さんがいたこと。

お墓は持たず、

粉骨して、

神奈川の海へ散骨されたこと。

私はただ、

身体が動きませんでした。


二次会は断りました。

家へ帰ると、

初心者マークを付けた息子に言いました。

「今から海へ行かない?」

息子は困った顔をしました。

「こんな時間に?」

私は車の鍵を見せながら笑いました。

「お願い。」


高校一年。

何となく雰囲気だけで入ったヨット部。

ヨットといっても、

小さなディンギーでした。

風を読む。

波を読む。

少し気を抜けば、

すぐに沈します。

思っていたより、

ずっときつい部活でした。

ペアが必要な競技でしたが、

辞める人も多く、

いつも一緒に乗ってくれたのが○○君でした。

彼は、

四二〇級に憧れていました。

もっと速く。

もっと風を受けて。

もっとせめる。

そんな話を、

目を輝かせながらしていました。

私は何も分かりませんでした。

ただ、

彼が楽しそうだから、

一緒に笑っていました。

風をかきわけ水際ギリギリに

背中を倒し、波間をせめる

何度も、一瞬で沈しました。

その度ひっくり返ってしまった船体を起こす。

びしょ濡れになりました。

でも、

不思議と嫌だと思ったことは一度もありませんでした。



三年生。

卒業が近づいた頃でした。

私は進学。

○○君は就職。

「競技は続ける。」

そう言って笑っていました。

別れ際、

○○君は少し照れながら言いました。

「○○っち。」

「俺と沈しても、

文句ひとつ言わんかったな。」

「ありがとう。」

私は笑って手を振るだけでした。


凪の、夜の海です。

砂浜を歩きながら、

息子が笑いました。

「母さん。」

「意外とロマンチックやね。」

私は笑い返し、

海を見つめました。

波の音だけが聞こえます。

心の中で、

三十年越しの言葉を伝えました。

「○○君。」

「ありがとうって、

言いたかったのは、

私の方だったよ。」

風が吹きました。

風をいっぱいに受け、

船の外へ身体を預けながら、

はにかむように笑っていた、

あの横顔。

私は、

海の向こうに、

今もその姿を見たような気がしました。


墓じまいコンシェルジュより

人は、大切な人を失った時だけでなく、人生の途中で置いてきた時間に、ふと出会い直すことがあります。

あの時は言えなかった「ありがとう」。

伝えられなかった想い。

粉骨や散骨は、別れのためだけではありません。

その人と過ごした時間を、もう一度心の中で抱きしめるきっかけにもなります。

思い出は増えなくても、新しい理解は増えていく。

それもまた、供養の一つの形なのだと、私たちは考えています。

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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