【その四十六】順番

母が亡くなって、
十年になります。

母は、元気なころから、
何でも自分で決める人でした。

身だしなみにもうるさく、

「ちょっとそこまでだから。」

と言って出かけようとすると、

「ちょっとそこまでにも、人はいるでしょ。」

なんて言う人でした。

大きな病気が分かったときも、

母はあまり変わりませんでした。

自分で調べて、

自分で決めて、

自分で準備をしました。

お墓のことも、

そうでした。

「お墓って大変じゃない。」

「私は、花の咲く、木々に囲まれて眠るわ。」

母は自分で、

樹木葬を選びました。

そして私には、

「無理に来なくていいのよ。」

と言いました。

「私に何か話したくなったときに来れば、それで。」

そのころの私は、

「そんなもんなの?」

くらいにしか思っていませんでした。

母が亡くなってから、

しばらくは何度も行きました。

でも、

仕事があって、

家事があって、

息子のことがあって。

いつの間にか、

一年が二年になり、

ここ数年は、

行けていませんでした。

ところが最近、

なぜか母のことを思い出します。

料理をしていても。

電車に乗っていても。

鏡を見ていても。

一度思い出すと、

今度は、

無性に会いに行きたくなりました。

しかも、

一人ではなく、

息子を連れて。

息子は、

もう社会人です。

昔は、

私の後ろをついて回っていたのに。

今では電話をしても、

「今ちょっと忙しい。」

「その日は予定ある。」

「また連絡するよ。」

言うことだけは、

どこかのおじさんみたいになりました。

「あんなに可愛かったのに。」

電話を切ってから、

一人で言いました。

「ねえ、今度、おばあちゃんのところ行かない?」

何度か誘ってみました。

「今月はちょっとなあ。」

「日曜日は?」

「日曜も予定あるし。」

「じゃあ、いつならいいの?」

「また連絡するよ。」

また、それです。

来月は、

息子の誕生日です。

それなら、

誕生日プレゼントでも買って、

そのついでに誘い出そう。

そんなことを考えていました。

その矢先、

息子から電話がありました。

「母さん?」

「なに?」

「この前の話だけど。」

「うん。」

「行くよ。」

「え?」

「ばあちゃんのところ。」

思わず、

カレンダーを見ました。

「いつ?」

「○日なら空いてる。」

「ほんと?」

「うん。」

少し間がありました。

「久しぶりに、

ちょっと話もしたいし。」

「……そう。」

電話を切ると、

カレンダーのその日に、

丸をつけました。

それから、

母のところへ行く日を、

指折り数えるようになりました。

息子の誕生日プレゼントも、

結局、買いました。

そんなことをしているうちに、

また母のことを思い出しました。

病気が分かって、

樹木葬を決めたころ。

「無理に来なくていいのよ。」

母は確かに、

そう言いました。

でも、

そのあとにも、

何か言っていた。

ずっと、

そこだけ抜け落ちていました。

ある夜、

ふっと戻ってきました。

母は、

こんなことを言っていました。

「私に何か話したいことがあるときだけ、

来なさいよ。」

そして、

笑いながら、

「今は何言ってるか、

分からないかもしれないけどね。」

少し間を置いて、

「こういうのは、

年とともに、

順番なんだよ。」

「だから、

そんときは、おいで。」

当時の私は、

やっぱりよく分かっていませんでした。

墓参りの日。

朝から、

少しだけ身支度に時間をかけました。

服を決めて、

鏡の前に座りました。

引き出しを開けると、

母の真珠のネックレスがありました。

しばらく見て、

「今日は、これにしよう。」

首につけました。

待ち合わせ場所に、

息子が来ました。

久しぶりに、

ちゃんと顔を見ました。

「あんた……。」

「なに?」

「ちょっと小じわ出てきたね。」

息子が、

嫌そうな顔をしました。

「久しぶりに会って、

最初にそれ?」

「だって、出てるもん。」

「母さんもな。」

「私はいいの。」

「なんでだよ。」

並んで歩きました。

少し前を歩く息子の背中は、

いつの間にか、

ずいぶんたくましくなっていました。

仕事も、

ちゃんと頑張っているのでしょう。

「頑張ってるんだね。」

「なにが?」

「仕事。」

「まあね。」

少し間を置いて、

「その割に、

お母さんには優しくないけど。」

「はいはい。」

やっぱり、

そこは変わっていません。

久しぶりの樹木葬は、

母が選んだころと同じように、

木々に囲まれていました。

花も咲いていました。

息子と二人で、

ゆっくり歩きました。

母のところへ着いて、

手を合わせました。

何を話そうか、

あれだけ考えていたのに。

いざ来てみると、

あまり言葉は出ませんでした。

ただ、

隣に息子がいました。

それでいいような気がしました。

帰り道。

しばらく歩いたところで、

息子が言いました。

「母さん。」

「なに?」

「電話の時、言ってた、

話したいことなんだけど。」

「ああ。」

息子は、

少し言いにくそうにしました。

「会ってほしい人がいるんだ。」

私は、

息子を見ました。

「誰?」

「付き合ってる人。」

「あら。」

「そろそろ……。」

息子は、

少し前を見ました。

「身を固めようかなって。」

私は、

息子の顔を見ました。

「写真ある?」

「……あるけど。」

「見せて。」

「今?」

木々の間を、
風が抜けていきました。

「今。」

――おわり

___________________________________

この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

文章・構成・イラストの無断転載、複製、生成AIへの再利用、改変、再配布はご遠慮ください。