墓へ向かう車の中で、
父は言いました。
「別に、来んでもよかったとぞ。」
「休みなんて、そうそう、とれんやろうが」
運転している息子が、
「父さんが今度、墓行くって言うけん。」
「電話で、つい言うただけたい。」
「もう来たんやから、よかろうもん。」
少しして、
「悪い。今日はちょっと遅れた。」
父は、
腕の時計を見ました。
「よかよか。」
そして、
「けど、仕事ではこげんことはいけんぞ。」
「分かっとるって。」
父はもう、
何も言いませんでした。
墓へ着くと、
二人で掃除を始めました。
息子が草を抜きます。
「そこも。」
「分かっとるよ。」
「根から取らんと、また生えるぞ。」
「はいはい。」
父は墓石を洗い、
花を替えました。
息子が線香に火をつけます。
二人で並んで、
手を合わせました。
帰りも、
息子が車を運転しました。
しばらく走ったところで、
父が聞きました。
「仕事、どうなんや。」
「忙しいよ。」
「そうか。」
「でも、この前な。」
息子の声が、
少し弾みます。
「大鐘の屋根、任せてもらったんよ。」
「鐘楼のか?」
「そう。」
「お前が?」
「そうやって。」
そこから息子は、
話し出します。
古い材に合わせるのが
難しかったこと。
屋根の納まりに、
ずいぶん手間がかかったこと。
「それでな、最後きれいに納まって。」
「そうか。」
「写真あるよ。」
「運転中やろ。」
「あとで見せる。」
父には、
半分くらいしか
分かりませんでした。
「よう任せてもらえたな。」
息子は、
少しうれしそうに、
「やろ?」
と言いました。
少しして、
「あのとき、京都行かせてもらってよかったよ。」
父は、
「そうか。」
とだけ言いました。
そして父は、
少し前のことを思い出しました。
近所の知り合いと、
話をしていたときのことです。
「うちな、墓じまいしたとよ。」
「そうな。」
「ずいぶん考えたばってん、
やってよかったよ。」

「うちは、まだよか。」
知り合いは、
「そうか。」
と答えました。
そして、
「ところで、息子さんは元気にしとると?」
「ああ。京都におるよ。」
「宮大工やったな。」
「そうそう。」
「あれ、徒弟制度で、
休みもなかなか取れん仕事やろ。
テレビで見たことあるばい。」
「まあ、忙しかごたるな。」
知り合いは、
少し間を置いて、
「そうなあ…………。」
とだけ言いました。
父は、しばらくの沈黙の後、
「本人が好きでやりよるけんね。」
と答えました。
車の中では、
息子がまだ、
大鐘の話をしています。
父は、
黙って聞いていました。
しばらくして、
「なあ。」
と言いました。
「ん?」
「もう一回だけ、
墓参り付き合ってくれんか。」
息子が、
少しだけ父を見て
「いいけど。」
「うん。」
「なんで?」
父は、
少し間を置きました。
「前から決めとったことなんやけどな。」
「あの墓、
しまうことにした。」
息子は、
何も言いませんでした。
「今日は、
その挨拶も兼ねとった。」
父は続けました。
「知り合いから聞いたんやけど、
墓じまいするとき、
閉眼供養いうのがあるらしい。」
「うん。」
「そのときだけ、
もう一回来てもらいたいんや。」
しばらく、
車の音だけが続きました。
息子が、
父の手元を見ました。
昔から使っている、
銀色の腕時計です。
「あ、その時計。」
「ん?」
「懐かしいな。
まだつけとうと?」
父も、
時計を見ました。
「動いとるけんな。」
少しして、
父が時計に目を落としました。
「……何時の新幹線や?」
「六時過ぎ。」
「なら、飯くらい食べて帰れるやろ。」
また、
車の音だけになりました。
やがて息子が、
前を見たまま言いました。
「父さんがそういうなら、
俺は従うよ。」
――おわり

