窓の外は、
一面の雪でした。
道路の脇には、
除雪された雪が、
人の背丈ほど積み上がっています。
そんな日のことです。
町役場の顔なじみのおばさんから、
電話がありました。
「ちょっと頼める?」
「なんや。」
「お墓なんだけど。」
「墓?」
「町を出た人から相談が来ててね。
こっちのお墓、しまいたいんだって。」
「今?」
「……やっぱり無理?」
「無理や。」
「だよねえ。」
「墓、全部雪の下やぞ。」
墓じまいは、
初めてでした。
本人に電話番号を
伝えてもらうことになりました。
その日の夕方、
知らない番号から
電話がありました。
「役所の方から、
こちらを教えていただきまして……。」
少ししゃがれた、
男の人の声でした。
「お墓のことで……。」
「ああ、聞いとるよ。」
「できれば、なるべく早く
墓じまいをお願いしたいんです。」
窓の外を見ました。
「早く言われてもなあ。」
「難しいでしょうか。」
「墓、全部雪の下や。」
「春まで難しいですか。」
「雪がなくならんことにはなあ。」
男の人は、
「分かりました。」
と答えました。
そして、
電話を切る前に、
「よろしくお願いいたします。」
「はい。」
少し間を置いて、
「本当に、
よろしくお願いいたします。」
そう言って、
電話を切りました。
しばらく経ちました。
山の斜面に、
土の色が
見え始めました。
雪の間から、
枯れ草も出ています。
墓地へ行ってみると、
墓石の頭が、
あちらこちらで
雪から顔を出していました。
その日の夕方、
また、
あのしゃがれた声から
電話がありました。
「雪は、どうでしょう。」
「墓は出てきたよ。」
電話の向こうの声が、
少し明るくなりました。
「では……。」
「いや、まだや。」
「まだですか。」
「下がぐちゃぐちゃや。
これじゃ、まだ仕事にならん。」
「そうですか……。」
少し間がありました。
「何か、急ぐ事情でもあるんか?」
男の人は、
少し黙りました。
「ちょっと……。」
それから、
「できれば、
早く終わらせたくて。」
とだけ言いました。
「そうか。」
それ以上は、
聞きませんでした。
「もうちょっと待ってください。」
「分かりました。」
そして、
いつものように、
「よろしくお願いいたします。」
「はい。」
「本当に、
よろしくお願いいたします。」
電話が切れました。
やがて、
山裾に淡い緑が
見えるようになりました。
道端にも、
小さな草花が咲いています。
墓地の雪は、
もうありません。
地面を踏んでみました。
「……これなら、いけるな。」
あの男の人に、
電話をしました。
ところが、
「おかけになった電話は、
電波の届かない場所に
おられるか――」
電話を切りました。
「なんや、出かけとるんか。」
次の日、
もう一度かけました。
同じでした。
仕方なく、
役場のおばさんに
電話しました。
「あの墓の人な。」
「うん。」
「電話つながらんぞ。」
一瞬、
向こうが静かになりました。
「ああ……。」
「墓は、もうできるぞ。」
「そう。」
少し間があって、
「じゃあ、
やってあげて。」
「本人さんは?」
また、
少し間がありました。
「お金は、
こっちで預かってるから。」
「……そうか。」
それ以上は、
聞きませんでした。
墓石を撤去し、
土を入れ、
きれいにならしました。
最後に、
墓地へ続く道まで掃きました。
少し離れて、仕上がりを見ました。
「よし。」
写真を撮りました。

役場のおばさんに、電話しました。
「終わったぞ。」
「ほんと?」
「ああ。」
「ありがとう。助かったわ。」
「写真も送っとくから。」
「うん、お願い。」
「きれいにしといたからな。」
「はいはい。」
電話を切ろうとして、
言いました。
「本人さんにも、
ちゃんと終わったって伝えといてくださいよ。」
「分かった。」
「ほんと、頼んだよ。」
「分かったって。」
それでも、
もう一度言いました。
「ちゃんと、いい仕事したって
伝えてくださいよ。」
おばさんが、
少し笑いました。
「はいはい。
ちゃんと伝えます。」
電話を切りました。
遠くの山には、
まだ少しだけ
雪が残っていました。
山裾には、
新しい緑。
どこかで、
鳥が鳴きました。
軽トラックに乗り、
次の仕事へ向かいました。
――おわり

