【その五十】踊る

私は学校を出て、
銀行に勤めました。

真面目だけが取り柄で、

定年を迎え、
送別会もしてもらいましたが、

マイクを回されても、
当然、歌うことなどはなく、

私の銀行員生活は、
あっけなく幕を閉じました。

その翌日からしばらくは、

手続きや用事に追われました。

少し、
のんびりもしました。

そうしながら、しばらくたった私は、

手帳を開いては、

ある計画について
書き込むようになりました。

父が亡くなったことはすでに知らされていました。

もう長いこと、
会っていませんでした。

両親が離婚したのは、

私がまだ小学生のころです。

私は母について、
徳島を離れました。

それから父とは、

会っていません。

母は一人で、
私を育ててくれました。

父の知らせは、

わずかな遺産が残されていることと、

父が入ったお墓を
どうするか考えてほしいと、

いうことでした。

遠縁の親戚が、

電話で、

「都会におるんやったら、

この際、墓じまいするのも
ええと思うよ。」

私はそうすることにしました。

徳島へ行ってみよう。

そして、退職の記念に昔の記憶のある場所も
回ってみようと考えたのでした。

書き込んでいる手帳は、

そのためのものです。

子どものころの駄菓子屋。

小学校。

昔住んでいた辺り。

かすかな記憶と

スマートフォンが映し出す地図を頼りに

書き込みます。


夏が来て、

私は徳島へ向かいました。

手帳に書いた通り向かいましたが、記憶に頼った駄菓子屋は、

もうすでにありませんでした。

小学校も、

すっかり変わっていました。

住んでいた辺りも、

記憶にある景色とは
ずいぶん違います。

少し期待していた、

かすかな記憶に残る人たちにも、

会うことはありませんでした。

バッグの中には、

渡す相手のいない菓子折りが
そのまま入っています。

父と行った記憶が残る喫茶店にも、

行ってみました。

ここも、

すでにありません。

建物に、

かすかな面影があるようにも
思えました。

でも、

店の中がどんなだったのか、

よく思い出せません。

ただ、

チョコレートパフェだけは
覚えていました。

背の高いガラスの器。

父に、

「食べていい?」

と聞いたこと。

「ええよ。」

と、

言ってくれたこと。

かなり歩いたせいか、少し足にだるさを感じて、

時計を見ました。

そろそろ、

墓へ向かってもいい時間です。

お寺の方に挨拶をして、

父の墓を、

しばらく見ました。

そのとき、

なぜか、

母が晩年に一度だけ、

父のことを話した日のことを
思い出しました。

「お父さんもね、

そんなに悪い人じゃ
なかったのよ。」

「お母さんと、

ちょっとすれ違っちゃっただけ。」

私は、

もう一度、

父の墓を見ました。

それから、

手を合わせました。

やがて、

墓石は撤去されました。

夜。

予定の最後に入れていた、

阿波踊りを見に行きました。

鉦の音が聞こえてきました。

太鼓。

笛。

掛け声。

踊り手たちが、

次々と通り過ぎていきます。

私は、

沿道から見ていました。

子どものころ、

阿波踊りを習っていました。

夏になると、

何度も稽古へ行きました。

「手ぇ、もっと上げて。」

「指先まで、きれいに。」

友達と笑って、

ふざけて、

また怒られて。

あのころは、

ただ、

踊っていました。

やがて、

総踊りが始まりました。

大勢の踊り手が、

一斉にやってきます。

鉦が鳴り、

太鼓が響きます。

たくさんの手が、

夜の空へ上がりました。

私は、

気がつくと、

腕を上げていました。

指先を、

しなやかに立てました。

少し前かがみになって、

足を出しました。

一歩。

もう一歩。

足が動きました。

腕が自然と上がります。

鉦が鳴ります。

太鼓が響きます。

私は、

踊りました。

つま先が、

痛くなりました。

けれど、

踊りました。

腕も、

少しだるくなってきています。

それでも、

踊り続けました。

――おわり

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この物語は、「お墓じまい後の物語」のオリジナル作品です。

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