また、家内と旅に出ようと思います。
家内が亡くなってからというもの、私はしばらく何も手につきませんでした。
朝起きても、何をする気にもならない。
食事も適当。
身なりも気にしなくなり、
生きているのか、ただ時間だけが過ぎているのか、自分でも分からない毎日でした。
そんなある朝、鏡に映った自分を見て思ったのです。
「こんな姿では、家内に申し訳ない。」
家内は、いつも身ぎれいな人でした。
しわのあるシャツを着ている私を見ると、
黙ってアイロンをかけてくれていました。
そんな家内を、私は最後まできれいな姿で見送ることができました。
だからこそ思ったのです。
私も、家内に恥ずかしくない人生の締めくくりをしよう。
それが、私の新しい生きがいになりました。
いらなくなった物は少しずつ整理しました。
まだ使える物は、誰かに使ってもらえるようリサイクルへ。
財産のこと。
保険のこと。
身の回りのこと。
一つひとつ片付けるたびに、
「これで家内にも顔向けできる。」
そんな気持ちになっていきました。
そして最後に残ったのが、お墓でした。
私たちには子どもがいません。
望まなかったわけではありません。
若い頃は二人で何度も話し合い、
授かれたらいいね、と願った時期もありました。
それでも、その願いは叶いませんでした。
子どもをあきらめた頃からでしょうか。
やり場のない寂しさを埋めるように、
私たち夫婦は旅に出るようになりました。
国内も、海外も。
見たことのない景色を二人で歩き、
知らない街で笑い合う時間が、私たちの宝物になりました。
墓じまいを考えるようになり、
その後の供養を調べていた時、
粉骨という方法を知りました。
そして、その先に海洋散骨という選択肢があることも。
不思議でした。
その言葉を聞いた時、
私の中にあった迷いが、すっと消えたのです。
私が元気なうちは、
家内はこれまでどおり、お墓で見守ってくれていればいい。
そして私の役目が終わる日が来たら、
私も粉骨してもらい、
家内と一緒に海へ帰ろう。

今は、その準備を少しずつ進めています。
また、家内と旅に出られるような気がして。
今度は、帰る時間を気にしなくてもいい旅です。
だから私は、
その日が少しだけ楽しみなのです。
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