午後五時になると。
私たちには子どもがいません。
若い頃、
「二人だけの人生もいいよね。」
そんなふうに話していた時期もありました。
でも、いざ本当に子どもが欲しいと思った時には、
なかなか授かりませんでした。
不妊治療も受けました。
あと少し。
そんなことも何度かありました。
それでも願いは叶わず、
心も少しずつ疲れてしまいました。
このままでは、
夫婦まで壊れてしまう。
そう思い、
私たちは治療を終えることにしました。
そんな私たちの家へやって来たのが、
一匹の柴犬でした。
二人とも、
「犬を飼ったくらいで何が変わるわけでもない。」
そんなふうに強がっていました。
だから名前も、
柴犬だから、
SHIBA。
なんとも安直な名前です。
でも、
その子はあっという間に、
私たちの暮らしの真ん中になりました。
私はガーデニングが趣味で、
庭には一本の柿の木があります。
SHIBAはその木の周りを、
ぐるぐる走るのが大好きでした。
勢い余って目を回し、
また走る。
その姿を見て、
私たちは毎日のように笑っていました。
旅行へ出かけることも少なくなりました。
休日は庭で過ごすことが増えました。
私たちは、
まるで子どもに話しかけるように、
SHIBAへ話しかけていました。
すると本当に、
全部分かっているような顔をするのです。
ある日、
私はバイク事故で足を骨折し、
一か月ほど入院することになりました。
退院が近づいた頃、
見舞いに来た主人が笑いながら言いました。
「SHIBAな、
毎日午後五時になると、
門の前で座って待っとる。」
午後五時。
それは私が夕飯の買い物を終え、
家へ帰る時間でした。
私は思わず笑いました。
「ほんま、それって忠犬ハチ公やな。」
退院の日。
私は主人にお願いして、
少し手前で車を降ろしてもらいました。
松葉杖をつきながら、
ゆっくり歩いて帰ります。
すると、
門の前には、
いつものようにSHIBAが座っていました。
私は思わず前へかがみ、
頭をなでながら言いました。
「ほんまに、
あんたは忠犬ハチ公や。」
涙が止まりませんでした。
それから何年も、
SHIBAは私たちのそばで暮らしてくれました。

そして、
とうとうその日が来てしまいました。
私たちは話し合いました。
葬儀を終え、
粉骨してもらい、
庭の柿の木の根元へ還そうと。
あの子が、
一番好きだった場所だからです。
今でも、
午後五時になると、
私はなんとなく門扉を見てしまいます。
もちろん、
そこにはもう誰も座っていません。
でも、
風に揺れる柿の葉を見るたび、
あの子が木の周りを、
ぐるぐる走っているような気がするのです。
「SHIBA。」
そう呼べば、
今にも、
しっぽを振りながら走ってきそうで。
私は今日も、
柿の木へ水をやります。
あの子が大好きだった場所へ。
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